森田潤 元旦に孤高のノイズ24時間耐久ライヴ・ストリーミング



かくて作品が生まれた…

市田良彦

この実験の結果は残しておくべきである。音と映像の記録とは別に、どのようにこれが作られ、聴かれたかを。以下は作家・森田潤と視聴者である私、二人の経験の付き合わせである。φononレーベルの諸作品を2年にわたって聴くなかで、いつかこんなことをやってみたいと思っていた。その機会が「森田潤24h」という異例の出来事-作品の出現に合わせて訪れたことを、まずは素直に喜びたい。終演直後の興奮と疲労の只中で話を聞くという特権を一視聴者に与えてくれた森田に、深く感謝したい。

私はなにを「聞いた」ことになるのだろう。もちろん、音楽を「聴いた」のであって、それ以外のなにものでもない。しかし「聴く」には理解するということも含まれる。私はではなにを理解したのだろうか。知ったのだろうか。そんなことをどうやって説明できるというのか。小説が読まれるべく書かれるように、音楽は聴かれるべく作られる。即興的要素が含まれる作品の場合には、その場かぎりという要因のせいでとりわけ、対話の性格が強い。完全に作曲された作品であっても、作曲という行為は作曲者による「自己との対話」であろう。作曲者は自分の作品の最初のリスナーだ。そんなありふれた意味で「言語活動」であるのに、音楽を聴く者にはしばしば「返す言葉」がない。そのことに私は日々苛立ってきた。言葉を紡ぐことを生業とする身としては、ほとんど打ちのめされてきた。

ずっと聴いている人なんかいないだろうから、まずは聴く自分を飽きさせないように「設計」した、と森田は言う。24時間という途方もない(のか? ほんとうに)時間は、彼をいつもより聴く立場に置いたようだ。私たちが見た/聴いたのは、Iannix(クセナキスのアイデアに由来するグラフィック・シーケンサー)に発出させた24個のドローン「曲」と、集められた140あまりのサンプリング素材をまずは「聴く」森田潤だった。私たちは彼と24時間の聴く体験を共有した。そうであるかぎり、彼もまた私たち同様なにかを「理解」し続けていたろう。その「理解」にもとづき、「言葉」を返し続けていたろう。楽器としての機械に、ツマミの操作を通じて。それが彼の「演奏」だった。そしてこれを書いている私は今ようやく「演奏」に入っている。ひょっとすると誰も聴いていないかもしれないという森田の危惧が、彼の作曲と演奏になんらかの実体的作用を及ぼしていたとすると、私たちは現に聞いてない時間によって、彼に「言葉」を返していたことになる。私たちの沈黙も彼には言葉だった。それゆえ、これを書いている私はある種の自信を持って、24時間が終わったあとも「私は演奏に参加している」と言える。実際、あの24時間のうちかなりの時間を、私は画面の前から離れて過ごした。その間、音楽は「隣の部屋の物音」だった。パソコンをまったく閉じていた時間、眠っていた時間さえある。それでも、その時間さえ「森田潤24h」のうちにあると感じていた。音楽を聴き続けている気がしていた。今にして思えばずっと夢のなかにいたようなもの。森田は森田の、私は私の夢のなかに。それでいて対話は続いていた。二人で見る夢? ──「演奏」は今も継続されている。終演直後の彼の疲労困憊した顔に浮かぶ笑みの残像が、私に今語りかけている。

だからこそ、私は最初の問いに送り返される。「理解」とはなんなのだろう。「言語の文の理解は、人が思っているよりもはるかに音楽の主題の理解に類似している」と書いたヴィトゲンシュタインは正しかったのだろう。けれどもではその「理解」とはどういうことかを問いたい気分である私は、哲学者の言う「類似」に答えを流し込めない。「森田潤24h」を見た/聴いたあと、残像と残響にまみれ、あれはなんだったのかと反省してしまう私は、「理解する」ということそのものがわからなくなっているのである。もちろん、自分がなにを書いているのかはわかっているつもりである。けれども、ke-re-do-moという4つの音がどうして私に「けれども」と聞こえるのか──音列に意味を持たせて「けれども」という語として使えるのか──がわからなくなっている。失語症に近い状態にいる。ヴィトゲンシュタイの命題は「理解」についての説明というより、言語と音楽の相互送付を記述しているだけだ。理解において、言葉は音楽に似ている/音楽は言葉に似ている。以上、終わり、あとは感知せよ。

そんな問いに頭を悩ませるのは一種の病であって、この「類似」に神秘の存在を認めつつも、悩む必要などないのだ、それが言語ゲームだ、と同じ病に罹った経験のあるヴィトゲンシュタインは自分に言い聞かせ、病の治療にあたろうと志したようである。曰く、語の意味とはその使用なり。音楽の意味もその使用すなわち演奏なり? まさにKE-RE-DO-MO、私はこの失語症をいっときの病とはみなしたくない。というのも、病から癒えて日常のゲームに復帰したところで、それがいかにつまらないかを病のおかげで知ってしまったから。病に陥る「快」を音楽は教えてくれると思うから。言語もまたそうだったと哲学者の言う「類似」はむしろ気づかせてくれる。日常の言語ゲームなどなにも面白くない。こうやって森田を言葉のほうで真似ようとあくせくしている時間こそ、甲斐のある言語的実践だと思ってしまう。

24時間という枠は、言語ゲームにおける文法その他諸々のような「規則」ではなかった。そこで演奏を終えるという制約条件ですらなかったと言ってもいい。もちろん森田は24時間を厳格に守ったのだが、その意味ではたしかに哲学者の言う「規則に従う」ことをしたのだが、この「規則」は8時間であっても12時間であってもよかったろう。「永久に」であってもかまわなかったろう。Iannixというツールには有限な時間にもループする時間にも、延々と続く時間にも「描画」上の違いしかない。どんな時間も簡単に描けてしまう。線の数と形の違いに時間とその構造は還元できてしまう。それらの選択は恣意的でしかないし、おまけに言語的差異のように恣意的だから強制力を持つ──規則を外れると言葉として通じない──というのでもない。ほぼ1時間単位の24個のドローン「曲」は森田の音楽にとって最初の〈地〉を形成した。彼の言葉では「パレット」である。現場で音の〈図〉、音楽を描いていく〈地〉。楽譜に言語の規則と同じ強制力を持たせようとする「作曲」は、そこにはなかった。そして私にも聞き取れたこの〈地〉──持続と変化の尺度をなす──は、言語的にも音楽的にもまったくの無意味、純粋な雑音(ノイズ)と定義される「世界」との関係においては、すでに〈図〉である。つまりドローン「曲」は、〈地〉または〈図〉になる──どちらにもなれるが必ずどちらかである──1枚のレイヤーであった。それを「構造」と呼んでもいいのかもしれないが、繰り返すがそれは演奏を縛るようなことはしない。実際、森田は言う。「そのほとんどが長時間の聴きものに耐えられず、ほとんどが中断もしくは途中で変形されてしまった」。彼には構造に「飽きる」自由があったわけだ。「演奏中は次のドローンの曲想も忘れていた」。文法を忘れるのとはわけが違う。

このレイヤーはつまり一種の不定状態を作り出す。演出する。もしそれが24個ならぬ1個のドローンであったなら、森田に遅れて私たちもまた遅かれ早かれ「飽きて」いたろう。どんなドローンも、それだけでは「曲」として成立しない。いつしかパチンコ屋の騒音に変わる──エントロピーの最大化? およそ1時間ごとの変化が、不定状態を持続させる。X番目のドローン「曲」がはじまると、X-1番目のドローンは必然的に〈地〉の位置に転落してしまう。しかしその瞬間に〈図〉になったX番目のドローン「曲」も、遅かれ早かれ〈地〉になってしまう。森田や私たちが「飽きる」ときには。

そこに140曲分のサンプリング素材が第2のレイヤーとして被さる。それらは「フレーズらしきもの」(by森田)として働き、第1のレイヤー全体を〈地〉にしてしまう。それらの素材のそれぞれは独立して聞いてもおそらく「曲」として聴こえるものだったろう。短いだけに。なかには実際、既存の「曲」の引用もあった。しかし2つ目のレイヤーとしてドローン「曲」に被せられると、そこにあった〈地〉と〈図〉が揺らぐ不定状態そのものを、「伴奏らしきもの」に変える。2層構造は「協奏曲」を演出する。それを踏まえて彼も140曲分の素材を「フレーズらしきもの」と呼んだのだろう。たとえ厳密にはフレーズをなさなくとも〈地〉との関係でフレーズのようになってしまうもの。それらは紛れもなく、音の〈図〉、「音楽」の層として意図された音群である。しかしこれで〈地〉-〈図〉関係は安定するのだろうか。したのだろうか。下層の不定性は安定した〈地〉になってくれるのだろうか。くれただろうか。そんなことはないから、森田はほとんどのドローン「曲」を中断させたり変形させたりしたのでは? 「飽きる」という事態が訪れたのでは? 「飽きる」ときには逆説的ながら、ドローン〈図〉として聞いているのである。曲として「聴く」からこそ「飽きる」こともありえる。パチンコ狂にとり騒音は安定した〈地〉であるから、心地よいベッドと変わりない。飽きない。とにかく第2レイヤーの介在は、〈地〉-〈図〉関係全体の不定性をむしろ増幅、加速させたようである。「140曲分用意したけど、全然足りなくなったので、その場でいくつか作った」と森田は言う。彼は関係の不定性に翻弄されていたのである。もっと「曲」を、〈図〉を!

第2のレイヤーも、レイヤーであるかぎり、〈地〉または〈図〉になることができる。集められた素材のなかには、私がどこかで耳にしたことのある「曲」らしきものもあり、その記憶は第2レイヤーの音群を〈図〉ならぬ〈地〉にする効果──森田の意図におそらく反した──を持ったように思う。それは森田とアノニモ夫人の競作のときと同じだ。私の知っている歌の数々はなるほど森田を「伴奏者らしきもの」にして歌われたものの、知っているからこそ、森田の音のほうが新たに〈図〉として聴こえてしまうのだ。森田が歌に挑んでいる、と。今回も、たとえば阿部薫のサックスらしきものは、私を往時に送り返しつつ、目下の音を演出している「森田潤」のほうを聴かせた。引用されたEP-4の曲の断片も同じだ。私は、おそらく森田も、目下の演出に耳をそばだてていた。誰もこんなライブで昔の音楽をただ聴くだけのようなことはごめんではないか。クラブですらDJの技は組み立ての妙に求められるではないか。「フレーズらしきもの」はフレーズらしければらしいほど、そこから遠ざかろうとする意欲を生んでしまう。欲求不満を生産してしまう。終演後の森田が「設計の失敗」を口にしたほどに。

レイヤーは1枚だけでも、あるいは2枚重ねれば余計に、〈だまし絵〉のように働く。たとえば、こんな絵。

だまし絵



これはウサギの絵かそれともアヒルの絵か。どちらにも見えるだろうが、両方同時には見えない。「ウサギアヒル」などという生物はいない。どうしてもウサギに見えてしまう(左に「耳」がある)と言う人には、絵を透明なアクリル板に転写し、裏返しにして見せればいい。あ、アヒルだと言ってくれるだろう。わざわざそんなことをしなくてもウサギに見えたりアヒルに見えたりするのは、頭のなかで反転操作を実行しているからである。レイヤーはその反転操作を音群のなかに持ち込む仕掛けである。〈地〉と〈図〉はそれぞれレイヤーのアスペクト(聴こえ方)にすぎず、実はアスペクトとして対等なのだが、そうであるから共存はできない。〈地〉として聞こえるか、それとも〈図〉として聞こえるか。アスペクトとして自覚されたとき、縦の関係であった〈地〉-〈図〉関係は横並びのアスペクトAとアスペクトBの関係になる。

絵とは異なり、音は持続する。頭のなかの反転操作は、それ自体が持続する。聞く者は演奏者から──森田は「楽器」から──ずっと、「私は嘘をついている」と言われているようなものだ。この言葉そのものは嘘なのかほんとうなのか? この不定性の持続を、森田も私たちも「聴く」ことになる。〈地〉と〈図〉、雑音と楽音、フレーズと伴奏、二層のレイヤー、等々の反転そのものを音楽として聴くようになる。反転に「共鳴を聞く」ように。反転の効果はしたがって分裂である。アスペクトAとアスペクトBの分裂。持続につれて二つのアスペクトそれぞれの側に、記憶が溜まっていく。「~として聞こえる/聴こえる」がそれぞれ硬化し、分立し、矛盾し、衝突を来たすようになるのである。かくて私たちはウサギとアヒルを分かつ空白地帯に立たされる──これは〈だまし絵〉では生じようもない事態だろう。レイヤーの階層構造は脆くも崩れ、「理解」の契機が失われる。「理解する」ためにはたんなる音、聞かれた音群を、音楽「として」聴く必要があるのだ。森田もまた失語症状態に陥っていたのでは? ウサギとアヒルが1枚の絵の「見え方」であることをやめ、2枚の絵に見える状態である。そこに「失敗」があったとすれば、それは構造的必然でしかないだろう。

そのときである。第3のレイヤーが介入してくるのは。サックスのソロ、人の声、電子ノイズ──その発生源も色々で、なかには生演奏されたバイオリンの音もある──等々の即興的介入。これはその即興性すなわち規則との無関係さにより、純然たる〈図〉として響くほかない。孤立しているのだから。固有の〈地〉を持たないのだから。この〈図〉が闖入してくることにより、第1と第2のレイヤーはにわかに一つの〈地〉へと転落させられる。第3レイヤーと同時に鳴っているかぎり、それらは機械による「伴奏」になるのだ。ただし第3レイヤーと第1・第2レイヤーの間にはいかなる協調もなく、〈地〉-〈図〉関係を維持させるのはあくまでも無関係さである。もはや反転はない。無関係さがそれを禁じる。即興の示す極度の意志性と、反復と引用が見せる機械の非意志性の、非和解的対立が浮かび上がる。人間・森田潤vs機械連合軍の激突。それはほとんど古典的意味における協奏曲なのだが、コンダクターは音群を接近・調和させようとするよりは、苛立ちのあまり離反させようとしているかのようである。3つのレイヤーは相互に自立をはじめる。もはやどれも〈地〉ではなく、無関係が宙空に〈図〉として立ち現れる。アスペクトA +アスペクトB +アスペクトC。この併存が一つの作品としての「森田潤24h」である。

なにかがなにかとして見える/聞こえることがアスペクト(見え方/聞こえ方)の正しい定義だとすれば、音群はむしろアスペクトを失ったと言うべきだろう。つまり「意味」とそれを「理解する」という体験の契機を。ヴィトゲンシュタインはこの状態をアスペクト盲と呼んだ。アスペクト盲は「意味盲」(意味とはなにかがわからない)に通じる。通常の言語ゲームでは「意味盲はたいして失うものがない」と彼は言ったが、それはことさらアスペクトなど意識せずとも彼には語の「使用」そのものが「意味」だからであって、「意味盲」が自分だけに理解できる言語、他人には意味不明な言語を操っているからではない。けれども、「森田潤24h」はそんな「私的言語」をアスペクトの効果により生産してしまったのではないか。彼と私の側の双方に。レイヤーの層構造を確保・維持して「意味」を理解しながら生産したかった彼は、自分の生産した言語を理解できず、「失敗」を口にし、私は「私的言語」の壁に阻まれて文字通り「返す言葉」を失う。2人とも、生まれた言語からはじき飛ばされる。

しかし私的言語は、この概念を提唱したヴィトゲンシュタインにとっては、生産などされようもないものだったはずである。それを語るのはたんに狂人の証であった。「それはある朝私が起きると周りの人々が全く知らない言葉を話し、私が話すのを聞くや驚きの態度を示すのに似ている。……ここで問題なのは私が彼らの言葉を学べるか、彼らが私の言葉を学べるか、それとも意思の疎通が全くできないかである。その場合自分がなんと言うか私にはわからない。何が真実なのかを私はどのように語るべきなのか。たぶん彼らは私を精神病院に送るであろう。」

やはり森田潤はラモーの甥であったか。しかし、理解できなくとも「解釈」──たんなる「おしゃべり」と言い換えてもよい──を強いる、あるいは解釈したいと思わせ、解釈を生産するのが作品だとすれば、「森田潤24h」は立派な作品だった。


市田良彦:思想史・神戸大学国際文化学研究科教授

著書に、『闘争の思考』(平凡社 1993年)・『ランシエール 新<音楽の哲学>』(白水社 2007年)・『革命論 マルチチュードの政治哲学序説』(平凡社新書 2012年)・『ルイ・アルチュセール 行方不明者の哲学』(岩波新書 2018年)──など。ほかに共著書/訳書など多数。


『φononの2018年活動報告と提言・〈わたしたちの音〉をめぐる manifesto』